叱られなくなった時が危険

最近叱られていますか?昔に比べ、お節介を焼いてくれる人は少なくなりました。叱られなければ、自分は正しいと思い込んでしまいますよね。しかし、それは危険です。

人は少しずつ、自分の良いように物事を捉えてしまいます。ルールも少しずつ犯していきます。

道を渡る時は横断歩道を歩く→横断歩道の近くを歩くがややショートカットする→横断歩道を使わず、最短距離で行く

面倒なことは嫌なのでルールを犯してしまいがちですが、怖いのは、一度ルールを犯してしまうと、次も同じことを繰り返してしまうことです。自分の意思ではなかなか修正できないものだと思います。細かいルールやマナー違反が積もり積もって、大きな失敗をしてしまい、社会的制裁を受けるまで気づかないのです。それを指摘して叱ってくれる存在は本当に貴重です

では、叱られなくなる時はどういう時か考えてみました。

歳をとり、年上になってしまった時

年齢が上がると当然注意してくれる人が少なくなります。長く生きている経験から、自分が正しいと思いがちになってしまいます。年齢が上がっても、柔軟な思考で、年下の意見も積極的に取り入れ、常に謙虚な姿勢でいたいものです。

富や名声を手に入れた時

富や名声、権力を得た場合は自分の意見がほぼ通ってしまいます。自分の意見が正しいと錯覚しやすいと思います。もちろん結果が出ているのだから、結果が出ていない人よりもベターな思考を持っているのだと思います。しかし、テレビに出るような著名人が起こした事件や問題行動がたびたびニュースとなっています。その方達はきっと富や名声、権力を得たおごりから、自分の行動の振り返ることができなくなってしまうのではないでしょうか。こうなってしまっては、一度信用が失墜したり、社会的な制裁を受けるまで気づかないケースがほとんどです。

他人に興味を失われてしまった時

叱られすぎたり、叱られた時に反論を繰り返したりしていると、ゆくゆくは叱ってもらえなくなります。叱っても無駄だと思われたり、労力が必要だと思われてしまいます。最終的には人として興味、関心が失われてしまい、見捨てられた状態になってしまうのだと思います。この状態にでは、考え方の修正はおろか、承認欲求も満たされることはありません。ますます社会と遠ざかり、非常に辛い毎日を送ることになってしまいます。

まとめ

どんな立場であれ、他人の意見を受け止める器をもち、常に謙虚な姿勢で対応することが大切です。しかし、これは非常に難しいことです。誰だって人よりも有利な立場に立ち、マウントをとりたい気持ちがあると思います。それを捨てて謙虚に接することは真に余裕と器ががあると言えます。

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